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 現在の二条城が築城される以前に旧二条城が存在したそうです。 現在の位置より東、京都御苑を含む西側あたりだったそうで、地下鉄烏丸線の工事に際し石垣の一部が発見されました。 旧二条城の石垣(下の写真)は京都御苑の椹木口(さわらぎぐち)を入ってすぐのところに復元されています。(烏丸丸太町交差点を北へ約120m)そして、現在の二条城の中(本丸の西)にも復元されています。

 以下は京都御苑の表示板に書かれている文章です。

推定旧二条城の復元石垣
 京都御苑の一隅を含むこの地に一つの城跡が発見された。それは永禄十二年(1569年)織田信長が、室町幕府最後の将軍、足利義昭のために造った強靭華麗な居城の跡と推定される。
 当時、イエズス会の布教活動をしていたポルトガルの宣教師ルイスーフロイスは、度々工事場を訪れて築城の様子を見聞し、その記録が残されている。
 この築城工事には、日々一万五千人から二万五千人の人役が従事し、居館とする建築物は、法華宗本山であった「本国寺」の荘厳・華麗なものを選び解体し、調度品とともに運び再建した。
 また、濠の石垣構築に際しては、洛中・洛外の石仏・五輪塔・庭石・石灯籠等を手近な所に求め、単なる用材として石垣に積み込んだのである。
 ここにある石垣は、地下鉄烏丸線の工事に伴う発掘調査で丸太町上がるに埋もれていたのを発見したもので、もとは南面していたのを、ここに復元したのである。
 これと同様なものが烏丸椹木町通・下立売通・出水通で発見されており、今も地下に埋もれているのである。  1980年 京都市
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撮影場所 航空写真 座標A-16

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 この石碑の写真は京都御苑より下立売通を西へ行った所の平安女学院の敷地の片隅にあります。
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 本日も京都御苑は「夏」真っ盛り! 汗を流しながら散策! あまり歩いてはいないのですが、非常に疲れました。
 京都御所の南、梅園の東側に、白雲神社があります。 そのすぐ横に、西園寺邸跡の表示があります。 この写真では解りにくいのですが、よく見ると赤い実がなっています。(次の写真へ)
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撮影場所 航空写真 座標C-12

 何の実か判りますか???・・・姫リンゴのようにも見えますが、実は椿の実です。 毎年寒い時期に綺麗な花を咲かせてくれます。 秋になると、この実が割れて中から種が現れます。 昨年その種を蒔いて発芽したのが次の写真です。
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 まだまだ小さいのですが、花が咲くのが楽しみです。
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 緑のマツボックリも大きくなってきました。 この種も発芽させる事ができます。 やはり秋に種を採取します。
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撮影場所 航空写真 座標D-13

 九条池の亀も甲羅干し! 暑くないのでしょうか?
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撮影場所 航空写真 座標D-18

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 京都御苑内、京都御所の南側に白雲神社があります。
 御祭神は妙音弁財天と称え市杵島姫命を祀る。
琵琶を家職とする西園寺家に楽神として伝えられ太政大臣西園寺公経卿北山第(京都衣笠大北山の西北、現在の金閣寺がその旧址である)の造営にあたり妙音堂を第一に建立、元仁元年(1224)12月 別当成就心院に回向せしめ皇后邦子内親王(安嘉門院)臨御せられたのを奉斎の始めとする。
 増鏡、中務内侍日記、太平記等に当時の風雅なたたずまいがうかがわれるがその後同家の盛衰に伴い変遷あり近古には赤八幡京極寺に鎮座されたと伝えられる。
 明和6年(1769)前内大臣西園寺公晃卿、前右大臣西園寺賞季卿勅許を賜り同家邸内(当地)に妙音堂を再興、天保11年(1840)安政4年(1857)の社殿修築に際しては禁中各御所より御寄付を賜り禁裏御祈祷所と定められた。 明治から昭和にかけて首相あるいは元老として近代日本の礎を築いた西園寺公望卿が家塾「立命館」を開設したのもこの地である。
 明治11年(1878)神仏混淆の作法を神式に改め社号を白雲神社とする。
 御神徳あらたかなる霊社として崇敬者は京都府下は元より近畿一円にあまねく。

例祭 6月15日 火焚祭 11月10日
巳の日祭 毎月巳の日 午前7時執行 御参列自由 (看板より)
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撮影場所 航空写真 座標C-12

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 京都御苑蛤御門前に鎮まります護王神社は、初め高雄山神護寺境内にあって、護法善神と称していましたが、嘉永4年3月15日、孝明天皇は、和気清麻呂公に正一位護王大明神の神階神号を授けられました。 また明治天皇は、護王神社を別格官幣社に列せられ、更には勅命をもって、京都御苑蛤御門前に社殿を造営し、明治19年11月3日、現在地に遷座されました。 大正4年には子育明神・和気広虫姫(清麻呂公の姉)を正式にご祭神に合わせ祀りました。鳥居の両脇には狛犬ではなく狛猪がいます。
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 境内のあちらこちらにも猪がいます。 我が国の歴史書「日本後記」に、和気清麻呂公が京より宇佐へ向かわれた際、災難にあわれたのを300頭もの猪が現れて、清麻呂公をお護りしたとあることから、「清麻呂公のお社には狛犬ではなく狛猪を」という崇敬者の声により、明治23年に建てられました。 以来、狛猪は護王神社のシンボルとして親しまれています。
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 「幸運の霊猪 鼻をさわると幸せになれる または、そこに再び来ることができる」と書いた看板があったので、私もさわっておきました。
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 北の玄武、南の朱雀、東の青龍、西の白虎、四方守護です。 平安京や平城京の朱雀門は、南の朱雀からきています。
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 本殿です。
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 さざれ石を見つけました。 そう、君が代に出てくるアレです。 学名は石灰質角礫岩と言い、石灰石が長い年月のうちに雨水によって溶かされ、他の石を次々と接着していき大きな塊となったものです。
 北野天満宮の参道横にもあります。
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 京都御所の西側、中立売北休憩所に隣接して、中立売展示ホールがあります。 ここでは京都御所京都御苑の模型や、いろんな動植物の写真が展示してあります。 勿論入場は無料です。 京都御所京都御苑にこられる際は、まずここに来て、何処に行けば良いのかを確認すると便利です。 京都御苑内は広いので、迷子にならない為にも、是非お勧めします。 車でこられた場合、中立売駐車場に近いので、一度お立ち寄り下さい。
 車を中立売駐車場に入庫して、中立売南休憩所でお茶を飲むか、中立売北休憩所で食事をして、中立売展示ホールで行きたいところを確認し、いざ散策!
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撮影場所 航空写真 座標A-6

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 京都御所の北東に、中山邸跡があります。 ここは、明治天皇の生誕の地でもあり、京都御苑三大名水のひとつ、祐井(さちのい)があります。

 明治天皇は、孝明天皇の第二皇子で、母は権大納言中山忠能の娘・慶子(よしこ)。 1852年11月3日(嘉永5年9月22日)に、京都の中山邸で生まれ、祐宮(さちのみや)と命名された。 1860年(万延元年)に皇太子となり、睦仁(むつひと)と改名。1867年1月30日(慶応2年12月25日)に父・孝明天皇が急逝し、践祚した。

 この頃、幕府側と討幕派は、それぞれ朝廷への工作を強めていた。 1867年11月9日(慶応3年10月14日)には、若年の天皇を戴く朝廷は、幕府側に対しては天皇の名において将軍・徳川慶喜に大政奉還の上表を勅許し、討幕派である薩摩・長州両藩の藩主に対しては討幕の密勅を下すという、複雑な対応を迫られた。 さらに1868年1月3日(慶応3年12月9日)には、討幕派の主導により、王政復古の大号令を発し、新政府を樹立。 1868年(明治元年)から1869年(明治2年)にかけて、旧幕府側と新政府軍の間で行われた戊辰戦争では、東征を命じ、旧幕府勢力を打倒した。

 この間、1868年4月6日(明治元年3月14日)には五箇条の御誓文を発布して新政府の基本方針を表明し、6月11日(明治元年閏4月21日)には政体書によって新しい政治制度を採用。 また、明治と改元して一世一元の制を定めた(改元の詔書が発せられたのは、1868年10月23日(慶応4年9月8日)。 しかし、改元は、慶応4年1月1日(1868年1月25日)に遡って適用されるとした)。 ウィキペディアより
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撮影場所 航空写真 座標G-2

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 京都御所建礼門前を南に、九条邸跡の九条池に厳島神社があります。
 厳島神社と言えば、おしゃもじで有名な広島県安芸の宮島が有名ですが、平清盛公によって、攝津の国莵原郡兵庫築島(現在の神戸市兵庫区永沢町)に一社を設け、後に清盛公の母、祇園女御を合祀されたそうです。
 後世になってこの九条邸に移転され、九条家の鎮守となり、家業繁栄・家内安全の守護神として一般の人々にも深く崇敬されているそうです。
 神前の鳥居(重要美術品)は、破風形の鳥居として有名です。
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撮影場所 航空写真 座標D-17

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 重要美術品破風形鳥居です。 重要美術品とは、日本国外への古美術品の流出防止を主目的として認定した有形文化財のことだそうです。 大変珍しいものなのですね。
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 九条池の橋上より厳島神社を望む。
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 今日の京都地方は、台風が過ぎ(あまり影響はなかった)、台風一過と言う事で、「晴れるかな?」と思っていたのですが、朝から曇り空で、非常に湿気も多く体に良くない気候でした。
 京都御苑に行ってみると、人もまばらで、みんな家でエアコンをかけて、ゆっくりしているのでしょう。
 京都御所建礼門前の百日紅(さるすべり)が気になっていたので行ってみると、一番よく咲いている木で五分咲きぐらいでした。
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撮影場所 航空写真 座標D-10

 以前紹介した藪茗荷(やぶみょうが)が、実をつけていました。 まだ花も楽しめますが、実も綺麗です。
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撮影場所 航空写真 座標J-7

 京都御苑の北の方で同志社大学に近い所で、何やら変な物を見つけました。 秘密基地? 男の子が喜びそうな感じです。 誰が何の為に置いたのでしょう。 上にあるのは? 西の空を面が向いています。 下には風速計と風向計があります。 以前にもこれと同じものを他の場所で見かけたことがあります。 これはいったい何なのか? ご存知の方がおられましたら、教えてください。
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撮影場所 航空写真 座標B-1



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「京都御苑の今」2007年7月7日(藪茗荷 薮枯らし 蛇の目蝶 キノコ)

「京都御苑の今」2007年7月15日(柿 捩花 ショウリョウバッタ キノコ) 

「京都御苑の今」2007年7月21日(百日紅 キノコ)

「京都御苑の今」2007年7月28日(アベリア クロアゲハ 小紫 百日紅 アヒル)
京都観光旅行の参考になればと思い、京都御苑、京都御所の史跡 自然、植物 虫 野鳥などを紹介しています。撮影場所は航空写真で確認できますので、今、京都御苑の何が見ごろなのか、それは何処へ行けば見る事ができるのかを確認していただけます。近衛邸跡のしだれ桜や拾翠亭の百日紅は見応えがあります。
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